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箱根駅伝4連覇を達成した青山学院大学原監督は嫁さんとの二人三脚

      2018/01/05

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箱根駅伝で4連覇を達成した青山学院大学

原晋監督がこれでまた世間の注目を浴びることになりそうです。

サラリーマン生活からの転職は大きな決断だったと思いますが、
苦難の時期を乗り越えて大きく花開いたのは、監督自身の功績もありますが、
それを陰で支えた嫁さんの力も大きかったと思います。

選手達とともに寮生活を送る夫婦が、力を合わせて二人三脚で勝ち取った4連覇だと言えるかも知れません。

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☆原晋監督の経歴

原晋監督
原晋監督は、1967年3月8日の生まれだそうですから、現在50歳ですね。
青山学院大学の監督になったのは、2004年ですから、36歳の時になりますね。

それまでは中国電力の山口県徳山市の営業所で働いていたサラリーマンでした。
営業では、蓄熱式空調システムを企業向けに販売していたそうです。

ここで営業成績1位で評価され、新規事業立ち上げもしたそうです。
その経験が駅伝監督業にも活かされたのは良く知られていますね。

もともとは駅伝選手として陸上競技部の創設に関わったそうですから面白いですね。
そして全日本実業団駅伝への初出場を果たしました。

陸上選手になったのは中学校からだそうで、高校3年生の時に全国高校駅伝で2位になったそうです。

もともと運動神経は抜群だったようですが、小学校4年生の時に遊んでいる時に、
足を複雑骨折という大怪我をしたそうです。
そのリハビリとしてジョギングに取り組んだのが、陸上選手になった切っ掛けだそうです。

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☆嫁さんとの二人三脚

原晋監督夫人
駅伝でそれなりの活躍をしていた原さんは、実業団でもまだ力を発揮できたはずだったでしょう。
しかし故障が続いたらしく、27歳で引退したそうです。

本人は、やり残したという気持ちがあったのだろうと推察しますが、その後の営業マンとしての活躍ぶりを見ると、とても気概を持った人なのだと思います。

嫁さんと結婚したのは、ちょうど引退をした頃のようですね。
二人の経緯はわかりませんが、たぶん選手時代からお互い意識していたということですね。

そして、中国電力という安定した企業を投げうって、わざわざ東京に出て駅伝監督に転職したのは、それだけ駅伝への思いと、過去の挫折がバネになったのではないでしょうか。

その決断に従った奥さんも度量が大きいと思います。
旦那さんを信頼していたのでしょうね。
原監督も嫁さんにそう思わせる器量があるということでしょう。

そういう二人ですから、学生達とも信頼関係が築けているのだと思います。
お二人は学生達と一緒に寮で生活されているようですね。
嫁さんは寮母さんとして、学生達の面倒を見ており、一人一人の体調管理にも気を遣っているようです。
そういう選手たちの状態も旦那さんである原監督にも伝えて、二人三脚で駅伝を支えている感じですね。

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